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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)307号 判決

主文

被告人を罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事している者であるところ、昭和四三年九月二〇日午後三時四五分頃、大型貨物自動車(車長7.76メートル、車幅2.38メートル)を運転し、大阪市港区福崎三丁目一番七七号先道路の二の車両通行帯に区分された南行車道(幅員、第一通行帯3.5メートル、第二通行帯3.6メートル)の第二通行帯を北から南に向かい時速約三五キロメートルで進行中、同番地先の道路西側にある国鉄臨港線浪速貨物駅構内に自車を乗り入れるべく、同駅構内出入口手前で道路を左折横断し、出入口から同構内へ進入しようとしたのであるが、このような場合自動車運転者としては、あらかじめその前から左折横断の合図をするとともに、できる限り道路の左端に寄つて徐行し、かつ左側方の並進車両ないし後続車両の有無およびその安全を確保する措置を講じもつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、当時、右出入口から約6.4メートル手前の車道(第一通行帯)左端には一台の大型貨物自動車が駐車していたため、道路左端に寄ることが叶わなかつたので、同一進路をそのまま進行し、同駅構内出入口の約三二、三メートル手前から自車左側の方向指示器で左折の合図をするとともに時速約二五キロメートルに減速したが、右出入口から約一四、五メートル手前に到つて、自車左前部に取付けられた後写鏡を見たものの、十分後方確認を尽さないまま、後続車両はないものと軽信し、そこから時速二〇キロメートルで約一〇メートル進行した後、漫然ハンドルを左に切つて左斜め方向に道路を左折横断した過失により折柄、自車の左後方約三ないし五メートルのところを長谷川憲次こと蒲池多三郎(当時三三才)が原動機付自転車の後部坐席に真鍋忠治(当時三四才)を乗せてこれを運転し、時速約三五キロメートルで南進してくるのに気付かず、ハンドルを左に切つて左斜めに約4.5メートル進行し、車首左前部先端が車道端から約2.5メートルの地点に達した際、自車の左側面に右原動機付自転車を衝突せしめて、車もろとも同人らを路上に転倒せしめ、転倒した真鍋の頭部を自車左後車輪で轢き、よつて、同人をして頭蓋骨折による脳挫砕により即死するにいたらしめたほか、右蒲池に対し、加療約二ケ月間を要する頭部打撲症、右鎖骨々折等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件交通事故は、被害者蒲池多三郎が前方注視義務を懈怠し、左折する被告人車の左側方から被告人車を無理に追抜こうとしたために発生したもので、いわゆる信頼の原則が適用される事案であつて、被告人には過失はないと主張する。なるほど、前掲証拠によれば、本件事故の被害者である蒲池多三郎は、被告人車の後方を約五メートルの間隔で約一キロメートルにわたり追従進行していたものであるが、被告人が左折横断に先立ちあらかじめ表示した左折の合図を見落し、ただ、被告人車の左側方から被告人車を追抜きにかかり、被告人車と並進した際に始めて右合図に気付いたにとどまるものであつたことが認められ、結局、左折横断しようとしていた被告人車の動静に注意しないで、被告人車の左前方を追抜き進行しようとした右蒲池にも一半の過失の存することは否めない。しかしながら、一方、被告人にも、なるほど左折の合図はしているものの、被告人車が左折した場所は、交差点等と異なり、その場所が後続車において、そこで左折するであろうとは必ずしも予測し難いような状況であるうえ、判示のように、被告人車が左折した場所から約六メートル余手前の車道(第一通行帯)の左端には一台の大型貨物自動車が駐車しており、したがつて、左折する被告人車はあらかじめ道路左端に寄ることもなく、従前の進路である第二通行帯をそのまま進行し、時速約二〇キロメートルに減速したものの、徐行までにいたらず、左折の態勢に入つたものであることが認められるのであつて、このような場合、被告人としては、自車の左側方の並進車両ないし後続車両の有無およびその動向を十分確認すべきであつたといわなければならない。もとより被告人も左折開始の地点から約一〇メートル手前の位置で、自車左前部に取付けられた後写鏡を見て並進ないし後続車両の有無を確かめたことは認められるけれども、その確認は十分であつたとはいい難い。すなわち、被告人が後写鏡を見た際には、被告人車ならびに蒲池運転車両双方の速度、後写鏡を見た地点から衝突地点までの距離、被告人車の車長等を考え併せるならば、その時点で、蒲池運転車両は被告人車の後方約三ないし五メートルの位置にあつたものと考えられるのであり、しこうして、蒲池の当公判廷における、「進行して行くと、前記駐車両に突き当りそうになつたので、ハンドルをやや右に切り、駐車両の右側に出て、同車と被告人車の間を通り抜けるように進行した」旨の供述からすれば、蒲池運転車両は、当時被告人車の左後方の位置にあり、その位置は被告人車から見て死角になる位置とは考え難い。被告人が後写鏡を十分注視して後続車両の確認に務めたならば、自車の左後方にあつて追従する蒲池運転車両を確認しえた筈であるといわなければならない。しかるところ、被告人は蒲池運転車両の存在にまつたく気付かなかつたというのであるから、被告人には左折の際における後方の安全確認議務の懈怠があるといわざるをえないのである。以上の次第であるから、本件はいわゆる信頼の原則が適用される事案ではなく、この点に関する弁護人の主張はとりえない。

よつて主文のとおり判決する。(坂詰幸次郎)

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